東京高等裁判所 昭和47年(行ス)1号 決定
ところで、≪証拠≫によれば、韓国の戸籍には、相手方において、「孫蜂子と婚姻の旨一九六一年(昭和三六年)九月一三日申告」し、また、「一九六二年(昭和三七年)五月二七日相手方と孫蜂子との間の男泰竜出生の旨同年六月八日申告」したとの記載がある。しかし、前認定のとおり、相手方は、父のすすめで孫蜂子と交際し、肉体関係をもったことはあるが、いずれ本邦に密航したい希望をもっていたところから、同女と結婚する意思は全然なく、昭和三四年八月頃同女を韓国に残したまま本邦に不法入国し、爾来、今日まで引き続き本邦内に居住しているものであって(この点に関し、右認定に反する資料はない。)、相手方は、昭和四二年頃、韓国の戸籍に右の如き申告記載のなされていることを知って驚いた程で、それまでは右の事実を全く知らなかったのであり、彼此勘案すると、韓国における右婚姻届出は、相手方の意思に基かず、父がほしいままに相手方の名でした実質的に無効なものであることがうかがわれる。この間の事情を更に審理するならば、相手方の本邦における前叙岩下和子との婚姻をもって、必ずしも抗告人の主張するが如く重婚とのみは断定し得ないものがある。そして、重婚でないということになれば、なるほど、相手方は、不法入国者ではあるが、前認定のとおり、もともと戦前に本邦内で出生した韓国人であり、韓国語による会話も不十分なため韓国における生活になじめず、本邦内に居住する姉を頼って本邦に不法入国し、爾来、十数年間にわたって、本件不法入国発覚の端緒となった外国人登録法違反以外には何らの前科もなしに真面目な市民として本邦内で稼働し、現在では大東化学工業株式会社製造第三係長として定職定収入を得ており、その間、日本人の岩下和子と婚姻をして長男吉一(昭和四二年三月二三日生)、二男竜大(昭和四六年五月二三日)の二児を得て平和な家庭生活を営み、のみならず、妻の母で第一種一級の身体障害者である岩下京の面倒も見るなど、一家の中心としてその生活を支えているのであるから、特別在留許可が与えられて然るべきである。
上叙の事実を総合して考察するときは、本件は、本件外国人退去強制令書に基く執行によって相手方及びその一家に回復の困難な損害を生じ、右損害を避けるため緊急の必要があるときに該当するものと認めるのが相当であるが、本案について理由がないとみえるときに該当するとは認められない。
なお、抗告人は、仮に執行停止の緊急の必要があるとしても、それは送還部分のみの執行を停止すれば十分である、と主張する。なるほど、抗告人の勝訴の場合にそなえて相手方の身柄の確保をしておく必要があろうし、又、収容部分を執行しても終始相手方を拘禁するとは限らず、仮放免等の弾力的な措置の実施も考えられよう。しかし、元来、収容処分は、不法入国者を国外に送還するまでの間、逃亡を防止し、その身柄を確保するためにする附随的暫定的な処分であるところ、前認定の如き事情境遇のもとで本邦に在留することを熱望している相手方が逃亡するおそれは極めてすくないものと考えられるから、本件は仮放免等によるまでもなく、収容処分の執行をも停止して差し支えないものと思料する。
(石田哲 小林 関口)